建築エッセー:遥かなる記憶への旅立ち―1
《建築美学に満ちた摩天楼都市シカゴ》

淵上 正幸(建築ジャーナリスト)

摩天楼発祥の都市シカゴ。ミシガン湖に面したワイドな都市景観が楽しめる素晴らしい街だ。この街は建築史上非常に重要な都市である。近代建築の3大巨匠といわれるフランク・ロイド・ライト(米)、ミース・ファン・デル・ローエ (独・米)、ル・コルビュジエ(スイス・仏)のうち、ライトとミースの両雄が活躍した都市である。シカゴはミシガン湖に面して南北に長いが、建築的に見ると、湖に近いダウンタウンと、西側や南側の郊外エリアに分けられる。
ライトとミースの牙城ともいうべき巨大都市シカゴには、旅した時に見逃してはならない必見の作品が多数ある。なかでも巨匠ライトの作品が多い緑豊かな高級住宅地オークパークは西側郊外にあり、彼自身の「フランク・ロイド・ライト自邸&スタジオ」がある。この建物を見学すると、ライトの仕事のやり方や生活や家族に対する美学が滲み出ていて、単なる建築見学ではない面白さが味わえる。
ライトは他にも「ユニティ・テンプル」や「ロビー邸」などの名作をオークパークに残している。「ロビー邸」は低く長い庇をもち、アメリカの大草原に相応しいプレーリー・スタイルの代表作だ。この近くにはアーネスト・ヘミングウェイの生家があり、ダウンタウンに向かうと、オバマ前大統領の家もある。

  • フランク・ロイド・ライト邸&スタジオの自邸側の正面
  • ユニティ・テンプルはオークパークの交差点に建っている
  • シャープに伸びたロビー邸の長い庇はプレーリー・スタイルの特徴

ミシガン湖沿いに南下すると、ミースの著名高層ビル「レイクショア・ドライブ・アパートメント」の勇姿が目に入る。今日世界の都市景観の基礎を成しているのはミースやコルビュジエの建築と言われているが、正にこの建物やニューヨークにある彼の「シーグラム・ビル」やコルビュジエの「国連ビル」などはその好例だ。
さらに南下すると、ミースが建築学部長になり、キャンパス計画をデザインした「イリノイ工科大学」がある。ミースは10数件の建物を設計したが、中でも代表作のひとつである「クラウン・ホール」は、外部逆梁を用いたフラット天井による大空間のユニバーサル・スペースが圧巻の魅力。なおこのキャンパスにはミース唯一のチャペルもある。

しかしシカゴを訪れても、ミースのマグナム・オーパス(最高傑作)はシカゴにあらず。シカゴより西へ車で1時間ほど行ったプラノにある「ファンズワース邸」こそ、ミースをミースあらしめている作品だ。彼がシカゴ社交界で知り合い親しくなった女性医師、エディス・ファンズワースに請われてデザインした週末住宅だ。ミースは彼女のために最高の創造力を発揮して、緑溢れるフォックス川河岸にスティールとガラスによるミース美学の結晶を生み出した。
ここには「神は細部に宿る」と言ったミースが創造した絶品のディテールが散りばめられている。スティール・コラムを一切内部に入れず、内部空間はシンプル なワンルームのユニバーサル・スペース。長さ約5mにも及ぶステンレス製1枚物のカウンター・トップなど度肝を抜かれる凄さ! 8本のスティール・コラムと、床スラブ&屋根スラブの複雑な接続ディテールなども超絶的!
「ファンズワース邸」に来て建築以外で忘れてならないのは、デザイン・ショップでのお土産だ。僕は世界のミース作品を30数件見学してTシャツやスケッチ・ペンなど多数買ったが、ここでのオススメは建物に使われているのと同じトラバーチンでできたコースターだ。僕の講演会クイズの賞品としていろいろ出しているが、このお気に入りのコースターだけはひとつ残して僕のデスクでガンバっている。

  • ミシガン湖岸に建つガラスと鉄のレイクショア・ドライブ・アパートメント
  • 妻側方向から見たファンズワース邸は正面側同様美しい
  • 約5mもある1枚物のステンレス製カウンター・トップはどのようにしてつくったのか
  • 外部逆梁による薄い屋根スラブのクラウン・ホールはカッコイイ建築
  • デザイン・ショップで上映していた映画から撮ったエディス・ファンズワースは美人だ!
  • 床に使用されているものと同じトラバーチン製のコースターは自分のお気に入り

さてプラノからシカゴ・ダウンタウンに戻って、美味しいシカゴ・ステーキ行脚を続けることもさることながら、SOM設計の「シアーズ・タワー」(現・ウィリス・タワー)と「ジョン・ハンコック・センター」は必見。その他フランク・ゲーリー、アニッシュ・カプーア、レンゾ・ピアノ、ヘルムート・ヤーン、KPF、リカルド・ボフィール等々。そしてルーキーであるスタジオ・ギャングの「アクア・タワー」は極め付きの斬新建築だ。
シカゴを去る前にミースのお墓を訪れた。彼らしくフラットに置かれたシンプルなストーン・プレート1枚。僕は思わずひざまずいた。墓石の端部をちょっと覆っていた雑草を取り除いた。機上から沈み行く薄暮のシカゴを見下ろすと、ひときわ高く黒い「ウィリス・タワー」がサヨナラを告げていた。
(文・写真:淵上正幸)

※写真をクリックすると大きくなり、キャプションがでます。

  • アメリカ第2の高さを誇るシカゴの象徴ウィリス・タワー
  • 巨大なブレースがファサードを覆うジョン・ハンコック・センター
  • コンタ・ラインのような曲線的なテラスをもつアクア・タワー
  • ミースの墓前で草むしりをする自分はミースに会っている気分で感激的だった!
  • ミシガン湖上空から見た暮れなずむシカゴの街。素晴らしい思い出だった。

淵上正幸ホームページ > (株)シネクティックス http://www.synectics.co.jp/

淵上 正幸

淵上 正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト&エディター

東京外国語大学フランス語学科卒業。2018年日本建築学会文化賞受賞。
海外建築家や海外建築機関などとの密接な情報交換により、海外建築関係の雑誌や書籍の企画・編集・出版をはじめ、イベント、建築家のコーディネーション、海外取材、海外建築ツアーの講師などを多数手掛ける。
主著に『世界の建築家51人-思想と作品』(彰国社)、『ヨーロッパ建築案内1~3巻』(TOTO出版)、『もっと知りたい建築家』(TOTO出版)、『アメリカ建築案内1~2巻』(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP)、『建築家をめざして:アーキテクト訪問記』(日刊建設通信新聞社)、『アーキテクト・スケッチ・ワークス1~3巻』(グラフィック社)、『建築手帳2020』(青幻舎)などがある。